真っ白なキオク


「…あの…ここどこなんですか?」

桃に連れてこられたリョーマはいつもの生意気さのカケラもなく文字通りちょこんとベンチに腰かけている。

「本当に覚えてないのか?」
「…はい。」
「…どうする手塚。このままじゃ…。」
「…そうだな。」
「リョーマ、リョーマ。1+1は?」
「…先輩何聞いてるんスか?」
「いやほら。記憶ってどこまで失くしてるかにもよってまた違うでしょ?リョーマ、1+1は?」

真剣な顔でが聞くとリョーマは少し考えてから指を二本出す。

「2・・・ですよね?」
「正解!って事は常識は大丈夫って事か。」
「テニスの事だけ忘れてるっていうのも不思議だよにゃー。」
「でも記憶ってどうやったら戻るんだろ?」

うーん。とと英二が似たようなポーズで考えると不二がぼそっととんでもない事を口にする。

「よくあるのは々衝撃を与える事だよね。」
「「え?!」」
「ヤダなぁ。やるとは言ってないよ?(ニッコリ)」
「…やりそうになったら全力で止めます。」

レギュラー陣の名前も顔も思い出してないのか、は不安そうに俯くリョーマの隣に腰かける。

「リョーマ、誰の事も覚えてないの?」
「あ、あの…すみません。」
「…リョーマの口からすみませんとか聞けるなんて…!」
「この後雨降るかもしれないっスよね…戻ってくる時もどーも調子狂うんスよ。」
「リョーマ、テニスっていうスポーツは知ってるんだよね?」
「あ、はい。」
「じゃあやった経験は?」
「・・・・。」

やった記憶はない。だけど、ラケットバッグの中身は自分の物だと確信があるのかラケットに手を伸ばす。

「これでやるんですよね?」
「そうだよ。試合を見に来てる皆テニスやってるんだよ。」

ほら、とが指差す方向には今まで戦った対戦相手の数々。
それはつい一昨日戦った金太郎の姿もある。

『両校D2、前へ。』

審判からのコールがかかり、次の試合が行われる。
はリョーマの隣から立って、乾と海堂の前に行く。

「乾、薫ちゃん…頑張ってね。」
「…ス。」
、何かあったんだろう?」
「え?」

データで見透かされているかのような指摘に驚く。
が、別に乾だけじゃない。今のの顔を見れば誰でも気づくはず。

「…二人とも気を付けてね。」
「向こうには蓮二がいる。問題ないだろう。」
「…うん。だけど気を付けてね。」

二人の手をギュッと握って「絶対勝てる。大丈夫。」と呟いて念を込める。

「行ってくるよ。」
「うん。行ってらっしゃい。」

最後は笑顔で送り出すと、不二が苦笑しながらを見ている。

「周助?」
「ゴメンゴメン。手塚がすねてるからさ。」
「…不二。」
「手塚がすねるの?どうして?」

乾と海堂には無意識でやったようだが、確かに手塚の試合が始まる前は同じ事をしなかった

「手塚、残念だったね♪」
「余計な事を言うな。」
「あ、手塚。氷ぬるくなってない?押さえててあげるから右手休ませていいよ。」

今度は手塚の隣に立って手塚の腕を支える
マネージャーの鏡と言えばそれはそれで聞こえはいいだろう。

「…何か…。」
「どした?おチビ。何か思い出した?」
「マネージャーさん可愛い人ですね。」
「…お前記憶を失くしてもおチビだな。」
「はい?」

英二はポンポンとリョーマの帽子を叩いて笑う。
笑えるのはリョーマの記憶が戻るのを信じているからだ。

そして勝利を信じているからこその合間の休息だった。





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